« kたんと、セルフカキ氷☆☆☆ | トップページ | kたんと、ケータイ武者修行!!!③ »

2006年8月 4日 (金)

名づけられない

Mz W.A.MOZART Piano Concertos No24 K 491 PAUL BADURA-SKODA

http://www.badura-skoda.com/

Fと曲目がかぶってしまいました。

FMOZARTもピアノ協奏曲24番です。

Fブログで紹介されている通り、この曲はモーツァルトの作品のなかでも翳のあるものとして知られています。

「短調だから」という説明はできるように思えますが、では何故長調に対して短調の方が多くの場合人にとって「悲しい」響きとして聴こえるのでしょうか。

ここで現れる「悲しい」が日常体験する「悲しい」と同じものかどうか、正しいことは分かりませんが、個人の体験を土台とした残像のような心の動きが音楽によって現れるように感じます。揺さぶられた心は連鎖反応のように様々な場面を、時間を想起し、結びつき、呼び覚まされた思いは、音楽とともにまた新しい体験としてその人の一部として溶け合っていきます。

聴けば聴くほどにより心の深いところまで潜っていくことができる。

だから我々は死ぬまで音楽を聴き続けるのでしょう。

F 佐藤 sato@dynamicaudio.co.jp

|

« kたんと、セルフカキ氷☆☆☆ | トップページ | kたんと、ケータイ武者修行!!!③ »